由来
昭和8年に「黒門町北の一部・上白壁町北の一部・鍋町北の大部分・鍛冶町北の一部・鍋町西横町の内の一部」が統合して「神田鍛冶町三丁目」となった。
「鍋町」は慶長年間(1596~1615)に初めて町家となり鋳物師の椎名山城守に下された土地に因んで名付けられた。
国役の町で、毎年町から椎名家に銀15枚を納めるならわしになっていたという。
昭和8年に「黒門町北の一部・上白壁町北の一部・鍋町北の大部分・鍛冶町北の一部・鍋町西横町の内の一部」が統合して「神田鍛冶町三丁目」となった。
「鍋町」は慶長年間(1596~1615)に初めて町家となり鋳物師の椎名山城守に下された土地に因んで名付けられた。
国役の町で、毎年町から椎名家に銀15枚を納めるならわしになっていたという。